医師になってからも役立つ医療倫理5選 安楽死 終末期医療
公益社団法人日本看護協会によると、「倫理」とは「ある社会で、人々がそれによって善悪・正邪を判断し、正しく行為するための規範の総体」です。
何だか難しそうに聞こえますが、要するに道徳のことです。
そのため医療倫理とは「医療に関する道徳」という認識でOKです。
医学部入試における面接や小論文でもよく取り扱われます。
今回は、ヒポクラテスの誓いや安楽死、インフォームドコンセントなど医学部を目指す人なら知っておきたい医療倫理について紹介します!
Contents
医療に関する様々な倫理問題 医療従事者にふさわしいかどうかを判断される
まず最初に、「医学部医学科に合格する」ために最も重要なのは学力を伸ばすことです。
なぜなら多くの医学部の1次試験は学力試験だからです。
しかし、2次試験における小論文・面接においては医療従事者にふさわしい人であるかが問われるといえます。
命を担う人間として相応しいかどうかを判断されるのです。
医療を行う上での一般的な決まりごと、守るべき道とは「患者さんのプライバシーや権利を守りつつ、患者さんの生命と健康維持のために、良心と尊厳をもって奉仕し、全力を尽くすこと」と一般的には考えられています。
でも、昨今は終末期医療、延命措置(延命治療)と安楽死、高度先端医療、生殖医療といった倫理的問題との兼ね合いに焦点が当たることが多いのです。
新聞やテレビ、各種雑誌などの様々なメディアでも医療の倫理的側面について触れられているのを見たことがあるのではないでしょうか。
こういった事をきちんと理解して、自分の意見を説得力を持って述べられることが、医学部面接や医系小論文に臨むにあたっては重要であるといえます。
医師は自分の言葉で患者さんに説明する必要があります。理解だけでなく、自分の意見を言葉にして伝えられることが大切です。
ヒポクラテスの誓い アメリカのほとんどの医学生は卒業までに暗記する
「ヒポクラテスの誓い」という言葉を1度は耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
ヒポクラテスは紀元前5年にギリシャで生まれた医師です。
それまでの呪術的医療ではなく、科学的根拠に基づく医学の基礎を作ったことで「医学の祖」と称されています。
彼の弟子たちが編纂したヒポクラテス全集に収められた「ヒポクラテスの誓い」は医の倫理として西洋を中心に継承されてきました。
現代医療には完全には適用できませんが、今も医療の根幹を成しています。
一部を抜粋して紹介します!
・能力と判断の限り、患者に利すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。
・依頼されても人を殺す薬を与えない。
・同様に婦人を流産させる道具を与えない。
・純粋と神聖をもって生涯を貫き、医術を行う。
・いかなる患家を訪れる時も、それは病者のためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、 自由人と奴隷の違いを考慮しない。
・医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。
その後、1948年にスイスのジュネーブにおいて「ジュネーブ宣言」が採択されました。
これはヒポクラテスの誓いを時代に沿うようにしたものです。
その後も「ヘルシンキ宣言」「リスボン宣言」など修正が重ねられています。
本項目は以下のサイトを参考にしました。より詳細に説明してあるので興味がある方はぜひご覧ください。
インフォームドコンセント 意味を正しく認識している人は意外と少ないかも?!
前述した1964年に採択された「ヘルシンキ宣言」で提唱されたことを皮切りに広まった「インフォームドコンセント」。
1973年の「患者の権利章典」においてインフォームドコンセントという言葉が大きく知られるようになりました。
インフォームドコンセントとは簡単に言うと「説明と同意」です。
医師が充分な説明をし患者や家族の同意を得ること。
特に、医療行為を受ける人が治療の内容についてよく説明を受け十分理解した上で、自らの自由意志に基づいて医療従事者と医療方針に合意することです。
患者がインフォームドコンセントを受けることで、医師・看護師との信頼関係が築けるほか、治療や薬に関する理解により積極的に治療に参加できるという効果もあります。
説明を受けた上での選択を意味する、例えば医師の説明を受けた上で選択可能な複数の治療方法の中から患者自身が選択する「インフォームドチョイス」。
その選択した方法で実際に治療を受けるか否かを決定する「インフォームドデジション」という言葉もあります。
患者さん主体の医療においてこれらの重要性は増しています。
患者の権利に関する宣言の歴史について、詳しくはこちらをご覧ください。
セカンドオピニオン 転院するという意味ではない!
診断や治療などについて、現在診療を受けている担当医とは別に違う医療機関の医師に求める「第2の意見」をセカンドオピニオンと言います。
この考え方が広がってきた背景には、従来の「医師お任せ医療」ではなく、インフォームド・コンセント(説明と同意)を受け、「患者自身が治療の決定に関わる医療」に変わってきたという社会背景があります。
セカンドオピニオンは、今後も現在の担当医の下で治療を受けることを前提に利用するものであり、「セカンドオピニオンを聞く=転院する」ことではありません。
セカンドオピニオンは、以下のようなときに利用することができます。
「担当医の意見を、別の角度からも検討したい」
「担当医の話に、納得のいかない部分がある」
「がんと診断され、治療選択について説明を受けたが、決められない。」
治療を続けるうえで「主治医以外の他の医師の意見も聞きたい」「他に治療法はないのか知りたい」といった気持ちになるのは当然のことですよね。
希望する治療へ近づくには異なる知見を得ることも大切なのです。
安楽死と延命治療 高齢化が進む社会において目下の問題
安楽死について
日本大百科全書によると「安楽死」とは、死期の切迫した不治の傷病者を死苦から解放するために死なせることであるとされています。
安楽死させることについて、是非が世界各国で議論され続けています。
また安楽死は、宗教上のみならず、刑法上の問題ともなっていますよ。
日本の判例はこれまで安楽死を認めていませんが、1962年に起きた名古屋市安楽死事件の判決で、安楽死が例外的に認められる条件として次の6つを挙げています。
(1)病人が不治の病に冒されて、死が目前に迫っている
(2)何人も、病人の苦痛が見るに忍びないこと
(3)病人の死苦の苦痛緩和が目的
(4)病人の意識が明瞭で意思を表明できる場合は、患者本人の真摯(しんし)な嘱託(しょくたく)がある
(5)基本的に医師が行い、それ以外の場合は首肯するに足る特別な事情があること
(6)方法が倫理的に妥当なものとして許容しうること
この事件は、農家の男性Xが、全身不随の実父(当時52歳)が余命1週間と医師に宣告された段階で、本人の死にたいという希望を受け、牛乳に農薬を混入し殺害した事案です。
最終的な判決では、(5)と(6)の条件が欠いているとした上で尊属殺人罪で有罪とした一審判決を破棄して、嘱託殺人罪で懲役1年執行猶予3年の有罪判決を維持しました。
なお1976年、アメリカである裁判をめぐって安楽死論争が起こった時、「尊厳死(death with dignity)」という用語が使われました。日本でもこの年、日本安楽死協会が設立されましたが、のちに尊厳死協会と改名しています。
安楽死と尊厳死の違いは何でしょうか。
刑法によると、安楽死は「死期が切迫し、激しい苦痛にあえいでいる患者に対して、殺害して苦痛から解放する」場合をいい、
尊厳死は「治療不可能な病気にかかって、意識を回復する見込みがなくなった患者に対して、延命治療を中止する」場合をいうとされています。
よくある誤解ですが、安楽死=尊厳死ではありません。
安楽死は日本では罪に当たります。安楽死か尊厳死か、これが難しいのです。
ここで重要になってくるのが後述する「リビングウィル」です。
また1991年に東海大学附属病院で起こった安楽死事件では、患者の家族の要請により実行したとされる医師が殺人罪で告発され、新たな関心を呼びました。
安楽死は、先に挙げた名古屋高裁の判決にもあるように、あくまでも「患者本人」の明確な意思表示に基づくものであることが徹底原則の1つですが、日本ではまだ「患者の命を奪い、殺す」行為であるという認識があります。
いくら患者本人が「激痛のため、早く死なせてほしい」と望んでいても、「患者の命を人為的に奪っている」ことには変わりない、という点に重きが置かれて解釈される傾向にあります。
そういった思潮もあって、日本では法律で積極的安楽死が明確に認められていませんが、スイスやオランダをはじめヨーロッパなどには積極的安楽死を認める国も多くあります。
たとえば、オランダは、世界に先駆け安楽死を明文で合法化する法律を制定し、2002年から施行しています。
「苦痛が耐えがたく、改善の見込みがない」「自発的で、熟慮されている」などの要件を満たし、医師が決められた手続きに従えば、安楽死させても刑事責任を問われません。
対象は医師が致死薬を注射する「積極的安楽死」と、患者に薬を与えて自分で飲ませる「自殺幇助(ほうじょ)」です。さらに延命治療の中止などは、通常の医療行為と見なされています。2023年4月14日には医師による安楽死を12歳未満にも認める方針を発表しました(16歳までは親の同意が必要)。
詳しくはこちらの記事でご覧ください。
延命治療(延命措置)について
また先ほど紹介した「尊厳死」では「延命措置を施さずに自然な最期を迎えること」とされています。
高齢化と医療技術の進歩で多くの人が病院で最期を迎えるようになり、2000年代に入って延命治療の中止をめぐる問題が相次ぎました。
たとえば、北海道立病院で、患者を脳死と判断し人工呼吸器を外した医師が2005年5月に殺人容疑で書類送検されたのです。
ここでは詳細には触れませんが、1度付けた人工呼吸器を外すのは倫理的な観点からとても困難なのです。複雑ですね。
安楽死や尊厳死に関わる事件について、どのような判決が下されたかなど、社会情勢を追いかけていきながら議論と意見を煮詰めていくことが求められると言えます。小論文や面接では自分の意見が求められるので、知識と一緒に自分の考えも整理していきましょう。
終末期医療とリビングウィル 「リビングウィル」は現在とても重要視されている
終末期医療とは?
終末期医療とは、「治癒が望めない患者さんに対して、苦痛を与える延命治療を中止し、病気や老衰で余命がわずかな人たちの残りの人生を充実した豊かなものにして、人間らしく死を迎えるためのケア」のことです。ターミナルケアとも呼ばれます。
人生の最期を自分らしく過ごし、満足してそのときを迎えることを目的としています。
そのため延命のための治療は行わず、病気による痛みや不快感だけを取り除き、穏やかな生活を送ることを優先します。
終末期医療は、1960年代にイギリスのホスピス(終末期の心身のつらさに対する緩和ケアを専門的に行う病棟)から始まって欧米に広がり、1980年代になって日本でも緩和ケアの発展とともに重視されるようになってきました(「みんなの介護」より引用)。
終末期医療においては、患者さんの価値観や生き方を尊重した支援、倫理的配慮が求められます。
終末期医療の一貫として患者が「最後にやりたいこと」を叶えるクリニックを特集した番組を以下に紹介します。
「リビングウィル」の登場
先ほど紹介した「尊厳死」の項目で重要視されている「リビングウィル」について説明します。
公益財団法人日本尊厳死協会によると、リビングウィルとは「人生の最終段階における事前書」という意味です。
〈苦痛を与える延命治療でいたずらに余命を延ばしてほしくない〉という人が現れる状況下、「意思決定能力のあるうちに自分の末期医療の内容について希望を述べること」すなわちリビングウィルというものが発されるようになりました。
リビングウィルは、単なる延命治療を事前に拒否する意図で患者本人が作成します。
また日本尊厳死協会の入会の誓約書「リビングウィル」では、病気が不治であり、かつ死期が迫っていると判断された場合、
(1)延命措置は一切断る
(2)苦痛を和らげる処置は最大限に施してよく、そのため麻薬などの副作用で死期が早まっても構わない
(3)数ヵ月以上にわたって植物状態に陥った時には、一切の生命維持装置を止めること
の3点の要望を宣言する形になっています。
リビングウィルにおいて最も重要なのは本人の「意思」です。
こちらもとても奥深いテーマですね。
まとめ 医療倫理は医学部受験だけでなく医師人生においても役立つ
今回は医療倫理についてたっぷり紹介しました。
少し難しかったでしょうか。
医療倫理を知っておくことは医学部受験における面接・小論文対策だけでなく、医師になったあとも役立ちます。
興味を持った方はより詳しく調べてみてください!
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